社説「住宅新報の提言」

賃貸住宅市場の混迷

定期借家の普及急げ
 賃貸住宅市場がヘンである。家賃債務保証業者や滞納情報データベースを作成する事業者などを規制する法律「家賃債務保証業適正化法案」が今国会で成立する見込みだ。
 同法案は家賃滞納者に対する悪質な取り立て行為を禁止している。面会、文書送付、張り紙、電話などの手法を問わず滞納者を威迫してはならないとしている。
 また、深夜・早朝の督促など私生活の平穏を害する言動も禁止し、違反者には懲役や罰金などの刑事罰が科される。皮肉な見方をすれば、これでは「安心して滞納してください」と言っているともとれる。
 賃貸借契約を巡るトラブルでは、原状回復問題も依然として根本的な解決方法が見出せずにいる。
 そのため国土交通省は来年度予算案に、原状回復などに係るトラブルの迅速な解決を図るための裁判外紛争処理手続き(ADR)を立ち上げる事業者に対する助成金(最大1億5000万円を5年間)などを計上している。
 また、同省は既に策定している原状回復をめぐるトラブル防止のためのガイドラインの見直しも行う。
 不思議なのは、こうした紛争解決や明け渡しの円滑化など賃貸市場近代化のために創設された定期借家権の活用促進を求める声が上がらないことである。
 家賃保証も滞納情報のデータベース化も、ADRもコストがかかるし、問題をかえって複雑にしてしまうリスクさえある。定期借家権の普及を急ぐことこそ、問題解決の王道であることを行政も業界も再認識すべきである。

短期契約から始める

 たとえば、定期借家権契約なら最初の契約期間終了時に、原状回復費用の負担割合を家主と借家人とが協議し合意したときのみ再契約をするようにすれば問題の起こりようがないのではないか。もし合意できなければ家主は敷金を全額返還する代わりに、再契約を拒否することができる。
 通常損耗や経年劣化分は家主負担で、故意または過失による傷や損耗は借家人負担という大原則のもと、お互いの信頼関係を築き上げていくことしか根本的な解決方法はないのではないか。
 人に生活の基盤である住まいを貸すということは法律以前に、常識と信頼関係に依存すべきものと考えるからである。
 従って、お互いに信頼関係が希薄な当初の契約は短期間(定期借家権は1日からでも可能)とせざるを得ず、合意実績を重ねるにつれ長期化していくことが現実的対応となる。
 家賃滞納リスクにたいしても、こうした定期借家権契約の段階的長期化で、ある程度は対応できるはずだ。近年、裁判が頻発している更新料をめぐる紛争も大きな問題になってきたが、定期借家権なら更新ではなく再契約方式なのでそもそも訴訟は起こり得ない。
 賃貸市場における紛争回避と問題解決のための対策を難しくしている根本要因はおそらく、戦時中の1941年に導入された「正当事由制度」がいまだに普通借家権では存続していることである。
 借家人が弱者で賃貸人は強者という構図が賃貸市場の合理化を阻んでいる。社会的弱者は借家人に限らず福祉政策で救うべきである。
 借家人と賃貸人は経済的に対等との概念で創設された定期借家権の活用こそ賃貸住宅政策の中心に据えられるべきであろう。