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酒場遺産 ▶65 湯島 酒亭 ふ多川 訪れた旦那衆は圧巻の顔ぶれ

 不思議なことがあるものだ。筆者が住む湯島の家からほど近い不忍通り沿いに、暖簾に大きな字で「酒」と書かれた間口1軒ほどの小ぎれいな店「酒亭 ふ多川」を見つけた。いつも歩いている場所のはずだが気がつかなかったのだ。引き戸を開けると、店は鰻の寝床のように奥に長く、左手には白木のカウンターが伸びる。奥には客2人と白髪の上品な着物姿の女将が楽しそうに話をしていたが、「どうぞお座りください」と引き入れてくれた。つい最近、内装に手を入れたらしく店は真新しいが、既に創業して50年が経つ。

 先日、神田明神で半世紀のお祝いをしたという。創業の地である黒門町から湯島へ移転したのが21年前。店内あちらこちらに小さな猫のオブジェが置かれている。ふと後ろの壁を振り返れば、壁に掛かるモノクロ写真は、中央は女将の二川芙沙子さんが19歳芸妓の頃という。半世紀以上経った現在も品性と知性に満ちた素敵な方だが、若き女将は実に美しい。女将を囲む旦那衆は圧巻の顔ぶれ、「黒門町の師匠」桂文楽師匠、古今亭志ん朝、古今亭志ん生、金原亭馬生らがズラリと並ぶ。

 店に入ったのが遅かったので、「お通し程度しか出せませんけど」とのことだったが、数の子と蕗の煮物は酒の肴として最上だった。ハマグリのお吸い物もとても美味しかった。酒を飲んでいるうちに、女将と常連客とで日本酒についてディープな話となった。今夜飲んだ酒は、常連客が雄町米を田植えから収穫まで手伝ったという「酒一筋」、氏の話は止まらない。今夜は遅かったが、普通はお通しの一汁二菜(そら豆、卯ノ花、蕗の薹のお吸い物)、みず和物、ウド酢味噌、ちりめん山椒おむすび、香の物など出すらしい。日本酒の品ぞろえも豊富だ。(似内志朗)