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彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇163 北澤商事、創業70年へ 地域に貢献し、共に歩む 豆まき式に見た地元パワー

 よく〝地域と共に歩む〟という言い方をするが、来年創業70周年を迎える東京・西新井の北澤商事(北澤敏博社長)は間違いなく、その地域と共に歩んできた。

 西新井にある関東厄除け三大師の西新井大師で2月2日、恒例の豆まき式が行われた。本堂で追儺(ついな)の厄払いを受けた年男・年女約200人が本堂前に設けられた特設台から豆をまいたが、今年は梅沢富美男氏、大相撲の玉ノ井親方なども参加して多くの参拝客の歓声を浴びた。

 豆まき式のあと参道にある老舗料理屋「清水屋」で開かれた祝賀会には地元の商店主、消防団、議員、名士など約100人近くが参加。上座には招かれた西新井警察署長、俳優の林与一氏、玉ノ井部屋の先代と現親方、部屋の力士らが並ぶ。アトラクションでは女形に扮した梅沢氏のあでやかな舞に続き、獅子舞が笛・太鼓の音に乗って会場を練り歩くなど会を盛り上げた。北澤商事の北澤艶子会長は筆者に「これが地元パワー、下町の魅力ね」とささやく。

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 不動産業はもともと地元とは共存共栄の関係にある。特に北澤商事のように賃貸仲介と管理を柱にしている会社は地元の繁栄こそが会社の存続につながる。70年近くもこの地で商売を続けて来られた秘訣は、創業以来一貫して「信用第一」を経営理念としてきたからだが、それは単なるお題目ではなく「無限の財産となる〝信用〟があるからこそ、世間様のお役に立てている」という北澤会長の信念を社員全員で共有しているからである。

社会課題を解決

 近年のビジネス界には注目すべきトレンドがある。それは「社会課題を解決しようとする起業家がビジネスとしても成功し始めた」というものだ。例えば外国人が部屋を借りられずに困っている問題を解決しようとして日本人と外国人が一緒に暮らすシェアハウスを始めた「ボーダーレスハウス」、地方で暮らす人を増やして消滅可能性都市をなくすことをミッションに新潟県で移住促進事業に取り組んでいる「きら星」、神戸を拠点に規格外農産物を流通させることでフードロス削減に取り組む「八百屋のタケシタ」など枚挙にいとまがない。

 考えてみれば社会課題の多くは生活問題であり、衣食住に関わる問題が大半である。当然、生活の基盤である不動産業だからこそ解決できる課題は多い。  

 「1階が変われば、まちが変わる」をスローガンに、1階づくりに特化した建築設計やプロデユースを行うグランドレベル(東京都墨田区、田中元子社長)という会社がある。1階に誰もが気軽に立ち寄れる私設公民館的な「喫茶ランドリー」を18年、地元の都営新宿線森下駅近くに開設したことで一気に注目を集め始めた。

 田中社長の次の言葉が好きだ。「(公共的な空間にこだわる理由は)自分には関係のない場所だ、と感じてしまう見たくもない風景に囲まれた日常と、関心を傾けたり関わったりできる、見ていたい場所がいくつもある風景に囲まれた日常とでは、そこを通りかかる人々の人生の質に違いが出てくる」(著書『1階革命』まえがきより)。

 同社長は、公共的スペースは事務所の前にベンチを置いたり、コーヒーをふるまったりするだけでも実現できると言う。そういえば、西新井大師近くにある北澤商事の本社前には参道を歩く人のためにベンチが置かれている。また、同社65周年を記念に開設した「ブックカフェ・ハレキタザワ」でも入り口の前に白いベンチとチェアが置かれているし、300円のコーヒーが飲み放題で一日中過ごすこともできる。 

 地元住民の交流を活発化し、日常を楽しく、人生を豊かにするためにパブリックな空間を提供する北澤会長の思想は田中社長と共通する。そしてその想いは来年4月に社長に就任する3代目の北澤龍一氏に引き継がれることになる。