大東建託賃貸未来研究所・AIDXラボ所長
麗澤大学経済学部客員教授
宗 健
世の中では、デジタルトランスフォーメーション=DXが『バズワード』となり、様々な業界で多様な取り込みが行われているが、『これが成功例だ』というものは少ない。経済産業省が20年に発表した「デジタルガバナンス・コード2.0」にDXの定義が長々と書かれているが簡単に言えば、「データとITを使いこなして新しい価値を生むこと」だと言えるだろう。そして、企業文化・風土の変革は、DXに限らず企業が社会の変化に対応していくために必要な場合もあるが、DXとは基本的には関係がないことにも注意が必要だろう。
不動産業界で取り扱う物件数が多い賃貸領域を中心に、様々なサービスやシステムが提供されているが、その多くは業務の効率化やコスト削減に関するもので、新しい価値を生み出していると言えるものは限られているのが実情だろう。また、多くのデータを生み出しITを適用するためには、一定量以上の取引量・業務量が必要で、規模の小さな会社が単独で取り組むにはハードルが高い。
導入前に見直す営業対応
こうした状況から、中小の不動産会社では賃貸領域には一定のITサービス・システムを導入していても、売買仲介領域のIT化には積極的でない場合も多いだろう。
意外と見過ごされがちな視点だと思われるが、ITシステム・サービスを導入したとしても、それを使いこなせているかどうかで、効果に大きな違いがでる。
例えば、ポータルサイトに物件情報を掲載するためのシステムでも、その情報のメンテナンスを、毎日行う場合と数日毎に行う場合で情報の鮮度は異なり、それ以前に他社の物件情報をそのままコピーして使う場合と、独自にコメントや外観写真等を追加して使う場合で、当然反響は異なる。
日々の改善はできているか
ITシステム・サービスを使いこなす、というのはこうした日々の運用や工夫が物を言い、それができるかどうかは、実は企業風土・文化、組織マネジメントに大きく左右されることになる。
運用のためルールを決め、それを徹底することも重要だが、企業風土によってはルール以上のことはやらない、ということも起きえる。一方で、自由闊達(かったつ)な組織風土であればルールがなくとも一人ひとりが創意工夫をこらすということもある。これがDXに必要な企業風土・文化だ、というワケだ。
どう行動すれば顧客の支持を受けるかを自律的に考える組織では、ホームページで問い合わせしたが何日経っても返答がない、メールの添付ファイルで資料が欲しいのに郵送するから住所を教えるよう電話が来る、ショートメールで連絡してくれるように電話番号を教えたのに電話がかかってくる、Zoomには対応できないので来店してくださいと言われる、といったような対応はなくなるだろう。
顧客には、どのようなITシステム・サービスを導入しているかは見えない。見えるのは、実際の行動としての、電話やメールなどのコミュニケーションと、電子化された資料になる。そうした顧客との対応を、まず最適化することが最優先事項だろう。
日々のツールから始める強みをつくり出す
「メール問い合わせに対して資料を郵送することはないよ」と思った人も多いだろう。しかし、ちょっと考えてみてほしい。
コロナ禍によるリモートワークが普及したことで、Zoomを使えるようになった人も多いと思うが、では、Zoomに加えGoogle MeetやMicrosoft Teamsなどの複数のツールを顧客、取引先など相手の都合に合わせて使い分けているだろうか。
ホームページだけでなく、Facebook、twitter、Instagram、等々の多様化したツールを適宜使い分けられているだろうか。
各サービスの変化には気を配る
これは、現時点で何に対応出来ているか、ということだけではなく、常に変化していく社会に対応していく力が大切だ、ということであり、こうした変化は止まることがない。
そして、顧客・取引先とのコミュニケーションだけではなく、リモートワークやフレックス勤務、直行直帰などによって自社内のコミュニケーションのあり方もどんどん変わっている。
全員が同じ時間に出社したからこそ可能だった朝礼が出来なくなり、行き先を書き込むボードがスケジュラーに移行し、メールやLINE、携帯電話以外にもslackやteamsが使われるようになっている。さらに、「オンプレミス」(※1)では高価なため、なかなか導入しにくかった「CTI」(※2)をクラウドで提供するカイクラのようなサービスも登場している。
こうしたツール・サービスを慌てて導入する必要はもちろんなく、他社に先駆けて導入する必要もないが、こうしたことに自ら気を配り、場合によっては自ら使ってみることも必要だろう。
『DX』とは大規模なシステムに投資することだけを指しているのではなく、こうした日々使うITツールを使いこなすところから始まるのである。
地域密着の強みを活かす
既に売買仲介の領域では、大手の占有率が高まっている。大手は知名度を生かした売り手、買い手両方の集客を行っている。さらに独自のシステム投資によって、蓄積された自社内の過去データから成約可能価格を推定し、並行して重説等の書類作成を効率的に行い、更に過去の問い合わせリストを元にした効率的なマッチングを行える体制を構築している。
中小規模の不動産会社にはこうした投資ができるだけの資金余力も蓄積されたデータもないため同じ土俵では勝負にならない。だとすれば、中小規模の不動産会社は地元密着の強みを生かすべきだろう。売り手が大手に売却を依頼したとしても、大手からあそこに買い手を紹介してもらおうと思ってもらえるか、賃貸仲介した顧客が次に購入する可能性はないか、物件の善しあしや地域事情の細かいところまで把握しているか、といったことである。
また、大手が手を出さない2,000万円以下の物件をどのように流通させていくか、といった観点でも強みを発揮できる可能性がある。
これからの売買仲介業で生き残っていくのは、そうした自社の強みを作り出せた会社になるだろう。
(※1)サーバーやソフトウェアを自社内で保有、運用する形態
(※2)コンピューターと電話やFAXを連携させるシステム
宗 健(そうたけし)
1987年九州工業大学卒、リクルート入社。リクルートフォレントインシュア社長、リクルート住まい研究所長を経て現職。筑波大学博士(社会工学)・ITストラテジスト