かつてのセゾングループを率いた堤清二氏が亡くなった。消費生活と暮らし、文化を意識させた独特の世界を築いた企業集団であり、各分野で異彩を放つ企業が目立った。中核は西武百貨店、西友、西洋環境開発の3社だったが、物販ではパルコ、ロフト、無印良品、金融不動産ではクレディセゾンにハウスポート西洋などのほか、パルコ劇場、セゾン美術館といった芸術文化面でもその存在感は小さくなかった。
▼「おいしい生活」などのCMコピーも独特の存在感を示した。情報発信基地という言葉がはやったのもその頃だった。グループは成長を続け、拠点は東京・池袋、渋谷だけでなく、有楽町・銀座にも有楽町西武、ホテル西洋銀座を開業して広げた。開発事業を担った「西環」は西武都市開発時代から大規模ニュータウンやリゾート、マンション開発など幅広い開発事業を展開し、商品企画でも定評があった。しかし積極策は有利子負債の急激な膨張を招き、グループ経営の屋台骨を揺るががした。バブルが崩壊すると、経営は一挙に窮地に陥り、曲折の末、「西環」は01年に特別清算。大きな負債返済するため、グループ各社は切り売りされてセゾングループは消滅した。
▼八ヶ岳高原海ノ口自然郷や西京桂坂など「西環」が手掛けたまちづくりには文化を意識した取り組みがあった。それは、開発事業リスクの大きさと表裏の関係だったことを改めて教えている。