住宅新報社を創業した故中野周治氏がちょうど半世紀前の1971(昭和46)年に著した『不動産業と倫理』(住宅新報社刊)にはこうある。 「われわれは、不動産業界という特定業界から広く眼を社会全体に転じ、大所高所から業界を再認識することにより、はじめて不動産業者の社会的存在意義と責務を見きわめることができる。またそのような自覚の上に立っての意思決定であってはじめて、企業活動を正しい方向に発展せしめることができるであろう」
同書は世界不動産連盟の国際業務規約委員会に昭和37年から参加し、職業倫理についての様々な討議と実際の国際不動産倫理規定策定に関わっていた著者が、職業倫理の基本理念とその必要性を説いたものである。
中でも、第15回世界不動産連盟総会(昭和39年)で著者が発表した論文『不動産倫理の性格と構造』(同書に再録)を読むと、著者の高い見識と同論文がその後の国際不動産倫理規定に与えた影響の大きさがうかがえる。同論文は最後にこう述べている。
「不動産業者は〝麦と雑草をふるい分ける〟明敏な目をもつよう公衆を啓発しなければなりません。公衆と不動産業者双方の教育こそ、社会倫理に不可欠であります」
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『不動産業と倫理』が発行されてから50年、日本の不動産業界の倫理観は現状どうなっているのか。不動産業界でのコンプライアンス徹底を図る活動を推進している不動産流通推進センター理事長の坂本久理事長はこう語る。
「不動産業界が信頼される産業になったと認められるためには、単なる法令遵守にとどまらない、高い倫理性と顧客本位の姿勢を備えたコンプライアンスの徹底を図ることが必要不可欠です」
同センターでは現在、センター認定資格の「不動産コンサルティングマスター」と「宅建マイスター」という2資格をブラッシュアップしていくため資格要件の厳格化と職業倫理強化に取り組んでいる。 その陣頭指揮を執る常任参与の真鍋茂彦氏は「専門家としてのこれからの資格者は知識に磨きをかけるだけでなく、顧客に寄り添う姿勢こそが大切」と指摘する。
そうした考え方の浸透を図るため同センターでは一昨年からコンプライアンスをテーマにしたイベントを東京からスタート。昨年はオンラインを併用しながら大阪や福岡でも開催してきた。そして今年は動画配信による講演会を企画。配信は1回目を7月上旬に実施。2回目は8月18日~20日に実施する(受講無料。事前申し込み受け付け中)。
今回の動画には業界で話題となっている人気漫画『正直不動産』の原案者、夏原武氏も講師として登場している。 その中で、夏原氏はこう語る。「業界にはいろいろなグレーゾーンがあるが、それを『商慣習だから』と平気で言ってしまう、その神経に驚かされる」。
業界の外部にいる人の意見に真摯に耳を傾けることこそ、コンプライアンス(職業倫理)の出発点ではないだろうか。この点は、中野周治氏の「不動産業界という特定業界から広く眼を社会全体に転じ、大所高所から業界を再認識すべき」という言葉と気脈を通ずるものがある。
顧客ではなく依頼者
わが国の不動産業界が職業倫理を身につける第一歩について、中野周治氏と親交のあった横浜商科大学元学長の故村田稔雄氏(65年~95年まで住宅新報社非常勤顧問)は中野氏の本に寄せるかたちでこんなことを述べている。
「全米不動産協会の倫理規定は、顧客(カスタマー)という言葉を用いず、終始一貫、依頼者(クライアント)という表現をとっている」
食料品など生活必需品を買う人のことを顧客と呼ぶのは構わないが、住宅を買うために専門的サービスを受けたいと思っている人を顧客とか、ましてや消費者とか呼ぶ神経を改めるところから、業界の知的水準と倫理観は高まっていくのではないだろうか。