強欲資本主義への避難が高まっている。環境を破壊し、人類の破滅にさえつながりかねないとも懸念される中、個々の人間の原点、個々の感性を重視する市場に向かうしかないのではないか。いわば〝人間資本主義〟とも呼ぶべきものだが、これは企業が社員を最大の資源としつつ、消費者との共感をマーケットとする資本主義のことである。
住宅流通業界でいえば買い手は物件そのものよりも仲介会社やアドバイザー(コンサルタント)の思想に共感したとき正式に媒介を依頼するということである。
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7月25日に開かれた第34回不動産女性塾の講師に登場したのは(株)ないけんぼーいず社長の中島翔氏。住友不動産販売に5年間勤めたあと広告代理店のサイバーエージェンントなどでキャリアを積み、昨年6月に会社を立ち上げた。中島氏が20年6月から運用してきた「ないけんぼーいず」のフォロワーがティックトック、インスタグラム、ユーチューブの合計で30万人を超えたことから法人化した。「SNSで日本一ホワイトな不動産会社を目指す」という。
〝ホワイト〟とはもちろん、「お客様のことを第一に考える」ということである。いわゆる「顧客第一主義」自体に目新しさはないが、それを本気で貫こうとする意思は新鮮だ。〝本気の証明〟として「まず、お客にはGive(ギブ)する精神が大切」と語る。「ギブを重ね続けたあと、ようやく信頼を得ることができる」とも。そして、双方向のSNSはユーザーと不動産会社を結ぶ最も効果的なツールだと指摘する。
では、不動産会社は具体的にSNSで何を発信すればいいのか。中島社長は「そこがポイントで、自分たちが発信したいことではなくユーザーが求めていることを発信することが大切」と語る。「例えば、ユーザーの中には敷地が細過ぎるけど本当に住めるのかなど面白い(ユニークな)家に関する情報を欲している人たちもいる」と。
〝本気〟の証明
一方、今年3月の第32回不動産女性塾の講師に登場したのは、漫画『正直不動産』のモデルといわれる誠不動産の鈴木誠社長だった。鈴木社長も「お客様第一主義」の実践者である。集客は完全紹介制で、最初の面談には1時間以上を掛けて要望を聞き、その日に物件を紹介することはしていない。面談したユーザーにとって、どんな部屋をあっせんすべきかをじっくり考える必要があるからだという。そして、二人で物件を見に行き、仮に依頼者が気に入ってもプロである鈴木社長自身が納得しなければ契約を勧めないという徹底ぶりだ。
この二人の講師の話を聴いて思うことは、仲介業は依頼者の要望に本気で寄り添ってこそ成り立つ仕事だということ。そこにプロとしての誇りがある。
中島社長はその依頼者の要望に関してこう指摘する。
「ユーザーの価値観の変化としてこれまではモノからコトへということが言われ、それが2010年代から(東北大震災以降)は〝イミ〟へと変化しつつある」と。つまり、消費になんらかの〝意味〟を求めるようになったという。 環境保全、他者への支援、歴史や文化への共感などである。その結果、「物件を見てもらうだけのポータルサイトで顧客の信頼(媒介依頼)を取るのは難しい時代になった」と話す。
最後に中島社長は「不動産業にSNSを導入してもその効果をすぐに求めるのはナンセンス。〝継続は力なり〟で、お客様のことを第一に考えているという姿勢を辛抱強く訴え続けていくことが重要」と語る。
誠不動産の鈴木社長も依頼者と部屋探しをするとき、二人の価値観を完全に重ね合わせるまでには時間が掛かると言う。だからこそ、こだわり続けて希望通りの部屋を見つけたときの感動が大きいのだと語っていた。
人と人が共感する不動産業は今、ようやく始まったところである。