「既にローンの返済は済んでいます」
不動産の売却依頼の際に、抵当権が抹消されていない不動産であるのに、売主からそう言われたら要注意。すぐ「抵当権の抹消関係書類はお手元にありますか」もしくは「お借り入れした金融機関から完済時に渡された書類はお持ちですか」と抹消関係書類を紛失していないかを確認を取ろう。あれば良いのだが、万が一紛失等で抹消関係書類が手元に無いようなら、(1)所有権移転登記と同時の抹消登記はほぼできず、(2)事前の抹消登記を行うことになり、(3)抹消登記は余裕を見てその手続きに3週間ほど必要で、(4)決済の日程を決めるのは抹消登記完了後に原則なるからだ。
「渡されているのだから持っている」と甘く見て放っておき、決済日時近くになり売主から「いや、見つかりません」となっても前述(1)から(3)の理由で手続き的にどうにもならない。決済日時を延期するしかないが、場合によっては違約解除になるかもしれない。売主のリスクが潜在的にあることに注意が必要だ。
こうなる理由は抹消関係書類がないと、法務局の事前通知制度を原則、利用することが原因だ。
一般的にローンの返済が終わると、金融機関からは【Ⅰ】登記識別情報(登記済証)、【Ⅱ】解除証書(弁済証書)、【Ⅲ】抵当権抹消登記用の委任状が発行される。これらの書類を紛失した場合、ⅡとⅢは金融機関からは再発行してもらえるが、Ⅰの登記識別情報等は再発行してもらえない。そこで抹消登記を申請する際には、法務局に登記識別情報等を添付せずに行うのだが、書類が一部不足しているため、法務局から抵当権を設定していた金融機関へ「抵当権の抹消登記申請があったが、申請内容が真実か」との事前通知が送付される。
金融機関はこの通知に対して通知発送日から2週間以内の有効期間内に、「間違いないです」と申し出てもらい、抵当権の抹消登記をしてもらうことになる。手続きが大変で、時間が掛かることが分かってもらえたと思う。
万が一、一般の不動産取引のように所有権移転登記と同時に抹消登記を行おうとしても、事前通知制度ではうまく金融機関と法務局の連絡が取れず、抹消登記がされないリスクがある。買主のリスクになるのと同時に、売主の契約不適合責任を問われることになる可能性がある。
当然、仲介者である不動産会社も何らかの責任を問われることは必須だ。できるだけこうしたリスク、トラブルは避けた方が良いだろう。他の方法としては司法書士の先生に、金融機関の本人確認情報を作成して登記手続きを行う方法もあるらしいが、費用が掛かるだけではなく、まず金融機関がこの方法を取りたがらないらしい。
ローンは完済しているのに、抹消登記がなされていない不動産には注意が必要だ。
【プロフィール】
はたなか・おさむ=不動産コンサルタント/武蔵野不動産相談室(株)代表取締役。
2008年より相続や債務に絡んだ不動産コンサルタントとして活動している。全宅連のキャリアパーソン講座、神奈川宅建ビジネススクール、宅建登録実務講習の講師などを務めた。著書には約8万部のロングセラーとなった『不動産の基本を学ぶ』(かんき出版)、『家を売る人買う人の手続きが分かる本』(同)、『不動産業界のしくみとビジネスがこれ1冊でしっかりわかる教科書』(技術評論社)など7冊。テキストは『全宅連キャリアパーソン講座テキスト』(建築資料研究社)など。