米国で発生した同時多発テロ、いわゆる9.11から21年。世界貿易センタービル跡地「グラウンド・ゼロ」をはじめ、今年も各地で市民らが犠牲者を悼んだ。土地や建物といった〝場〟は、文字や写真だけでは伝えきれない事実と記憶を残す役割も担う。日本でも「原爆ドーム」など、全国各地で歴史的建造物が様々な過去を今に伝えている。
▼一方、古く価値のある土地建物ならば、一律でそのまま残せばよいというものでもないのが悩ましいところだ。不動産は、現在と未来に生きる人々のためのものでもある。保存、利用、再生、建て替えなどで難しい判断を迫られる場合があり、所有者の一存で決められるとも限らない。
▼東急不動産と鹿島建設が、登録有形文化財を再開発した「九段会館テラス」は、そうした難題に正面から取り組み、高い次元で要求に応えた物件と言える。こうした場で私事を書くのは本来タブーだと承知であえて述べるが、筆者にとって旧九段会館は結婚式を挙げた特別な場所なのだ。あの震災の1年半前だった。二度と見られないと思っていた意匠や空間を巧みに残してもらい、心からうれしく思う。
▼とある不動産会社の経営者が、「うれしいことも悲しいことも、すべては不動産の上で起きている」と言っていた。ならば不動産は、人間の日々の営みを支えると同時に、それに伴う感情をも後世に伝えていく力があるのだろう。