日本橋から歩いて帰る途中、神田須田町一丁目を通った。この辺りは、かんだやぶそば、神田まつや、ぼたん、竹むらなどの古くからの料理屋や蕎麦屋などが並ぶ風情のある一画だが、鮟鱇で有名な「いせ源」と、最近人気の「けむり」の間に、小さな焼き鳥屋があることに初めて気がついた。間口は狭く、店の名を「焼鳥 ハロー」という。
店に入ると、左手にL字カウンター8席と右手にテーブル2卓、燻し銀の室内空間は「昭和」そのものだ。カウンターの上には黒い木札のメニューが下がる。
カウンターで老齢の男が熱燗(あつかん)を傾けていた。筆者はカウンターの端に座り、熱燗、親子煮、焼鳥を頼んだ。齢80を大分過ぎだろう品の良い女将は、炭火の入った飛騨コンロで親子煮を出してくれた。酒も鍋も焼鳥も美味い。女将は店の成り立ちを話してくれた。昭和9年に創業し女将は2代目、創業90年の老舗だ。壁には女将と王貞治の並ぶ写真が掛かっている。背が高く精悍な王さんの前に立つ若い着物姿の女将は美しい。店は創業以来、建て替えていないという。
客の男とも話をした。毎週のように福岡から東京へ度々出張し、歩いて10分ほどの秋葉原のビジネスホテルに泊まるという。この店をいたく気に入っているらしい。「この辺りの店は段々と敷居が高くなってしまってね。出張の度にこの店に寄るんだ」という。かつてこの辺りは連雀町と呼ばれ昭和20年の空襲を免れた一角である。取り残された「昭和」へタイムスリップした時間だった。(似内志朗)