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酒場遺産 ▶78 野毛 日の出理容院 バーと気づかない立ち飲み店

 川に向かって湾曲して張り出す野毛都橋商店街の近く、斜めに入った路地に面し不思議なバーがある。歩いていても見過ごしてしまうような入口、看板もなく曇りガラスには「日の出理容院」とだけ縦書きに書かれる。中にうっすらと電球色の灯がともるが、そうと知らなければ、ここがバーだとは誰も気づかないだろう。

 恐る恐る扉を開ければ、内部は薄暗く廃墟のような異空間、ここが伝説のバー「日の出理容院」である。不定休なので、行ってみて運がよければ入ることができる。筆者は土曜の夕刻、運よく入ることができたが、店が開いたばかりというのに、既にダークスーツの長身の男2人がカウンター前に立ちグラスを傾けていたが、すぐに店を出ていった。あの人たちは特別な常連なのだと店の女の子が言う。ショットバーのような形式で、立ち呑み、チャージなし、基本1杯700円という。団扇の形のメニューには、ビール、ウイスキー、ラム、ジン、テキーラ、ウォッカ、ビールベース、リキュールのカテゴリーで数多くの酒が書かれている。つまみはピーナッツ100円、チョコ300円、ミックスナッツ300円、チーズ300円と、団扇の下の方にに追いやられたように書かれていた。筆者は麦酒とウイスキーを数杯、そしてピーナッツを頼んだ。「なるほど」と思ったのは、殻付きのピーナッツが10個、皿にも盛らずにカウンターにそのまま出された時のことだ。このバーはデザインもオペレーションもミニマムに徹している。

 元々の理容院の剥がれかた壁のペンキや、壁の英語の落書きも手を加えず、白熱球の照明も手洗いもかつてのまま、理容院の文字の入った扉もそのまま使う。そして最小限の写真やポスターをそっと飾る(元々在ったものかも知れぬ)。時間の堆積されたモノには手を加えず使う、「デザイン」をしない。一般には「美しくない」を思われているものの中に美を見いだす。現代の利休か…。そんな思いに囚われたひと時だった。(似内志朗)