前回、前々回と伊東の酒場を紹介してきたが、今回も筆者とっておきの店だ。伊東大川沿いには東海館など由緒ある歴史的建造物が並ぶが、河口近くに少し傾きかけた一軒家の割烹料理店「舟や」がある。伊東漁港の新鮮な魚料理を出し。伊東の隠れた名店と言われる。70代後半の女将と80代の板長ご夫婦の割烹は、かつては多くの客で賑わっていたという。店は2階建てで、1階厨房で板長が魚を捌き、2階座敷へ女将が急な階段を上って食事を運ぶ。筆者は4年前、仕事でこの辺り東松原町によく来た。コロナ禍で客が減った老舗旅館に「旅先の書斎」というワーケーションルームをつくる仕事だった。昼も夜も座敷で魚料理をいただきつつ、女将の昔話をよく聞いた。座敷には訪れた有名人らのサイン入り色紙が、壁一面に貼ってある。中でも明石家さんまは、この店をいたく気に入って、川奈でのゴルフ帰りに仲間や弟子を度々連れてきたという。
昼時に、最初にこの店に入った時、厨房にいた女将に尋ねたところ、「ご予算に合わせてつくりますよ」と言うので、「刺身定食千円くらいでいいですか」と訊くと快諾してくれた。出された地魚3種刺盛りと金目鯛煮つけ・鯛汁・ご飯・お新香の昼食は実に豪勢。部屋の隅に置いてあったメニューを見ると、「松竹梅昼ランチ梅2千円、竹3千円、松4千円」とあった。勘定の際に3千円を渡そうとしたが、女将に頑なに拒まれた。そのお返しという程でないが、何人かの友人グループを誘い、「旅先の書斎」に泊まり、「舟や」で食事をしたが、これもまた大層なものだった。様々な地酒、そして分厚い鰹・鮪・鰤の切り身、金目鯛の煮つけ、アワビ、サザエなど贅沢三昧の海鮮料理。勘定も東京と比較にならない。友人たちはみな「舟や」のファンになった。女将は野良猫を可愛がっており、いつも数匹が店の周りをうろついている、中でもフータ君は人懐っこく寄ってきた。いつまでも続いてほしいと心から願う。(似内志朗)