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酒場遺産 ▶101 本郷 金魚坂 創業350年の金魚問屋が母体

 日曜の夕刻、在宅での仕事に飽きてぶらり本郷へ歩いた。本郷通りから逸れ裏道へ入ると「金魚坂」という細い坂道があり、坂の途中に珈琲・中国茶「金魚坂 創業350年」との看板が立つ。喫茶店のようだが、扉を開けると店内はシガーの香りが満ちている。カウンターには白髪の初老のマスターが立ち、その前には静かに葉巻を燻らせ本を読む常連らしき人が座る。壁一面に様々な文様の食器や灰皿が並ぶ。玄関近くには摩訶不思議な「金魚番付(金魚品評会での番付表)」が貼ってある。

 この店の歴史は深い。江戸時代初期から約350年続く金魚問屋「吉田晴亮商店」(吉田新之助による創業)が、「金魚坂」の母体である。戦前までは広い養殖池があったという。戦後は金魚卸問屋として金魚市場から仕入れ、全国の観賞魚店やホームセンターへ卸したという。つい数年前までは、路地の向かいに大小多くの生簀のある金魚屋とカフェが併設されていたが、昨年にマンションへの建て替えで更地となり、路地の向かいの民家を改修・移転し、現在の店となった。

 店の中央にはグランドピアノが置いてあるが、たまにシャンソンのライブなどをやっているらしい。店内はクラシックな意匠で、重厚な佇まいの1階と、木の内装の柔らかい雰囲気の2階席がある。珈琲・紅茶は勿論だが酒類も豊富だ。筆者は店までの散歩がてら、Audibleで川端康成「伊豆の踊子」を聴いていたので「修善寺ヘリテッジヘレス」を頼んでみた。静岡県伊豆市修善寺にあるクラフトビール醸造所「ベアードブルーイング」が製造する、ドイツ伝統のスタイルという。

 麦酒の他にも、ワイン、カクテル、ハイボール(シーバスリーガル、オールドパー、L.W.ハーパー)、日本酒(菊正宗、満寿泉、田酒、北雪、久保田各種、大信州)、麦焼酎(田苑)、芋焼酎(小鶴、さつまの海)、栗焼酎(深山美栗)などを揃えている。グラスを傾けつつ、江戸時代から続く金魚屋の歴史に思いを馳せるのも悪くない。(似内志朗)