今夕、住宅新報「酒場遺産」でお世話になっている編集長と編集スタッフをお誘いし、八丁堀の住宅新報新社屋からすぐ近くの小料理「かく山」へ来た。裏通りに面したカウンター9席、テーブル4席の小さな店だ。まだ客のいない、日の高いうちから飲むクラシックラガーは格別だ。
筆者はこの店に特別な思いがある。もう20年近く前になるが、この近くの新川にあった社団法人に仕事柄ちょくちょく顔を出していた頃、近くの会社に勤務していた友人のNさんに「魚の美味しい店が路地裏にあるんです」と教えられ、その後、彼とは2階の小さな座敷で何度となく飲んだものだ。現在は女将が一人で切り盛りできる1階のみの営業だが、当時は2階にあった2部屋がすぐ満席になるほどの盛況で、女将を含む3人の女性が威勢よく立ち働いていた。てっきり三姉妹だと思っていたのだが、改めて聞いてみると女将の姉と姪っ子だったという。マグロ、カンパチ、秋刀魚、蛸、鰹をいただいたが、どれも絶品だ。抜群の鮮度の海鮮類は当時と全く変わらない。女将に薦められ、蛸刺しを塩胡椒で食べたが、これもまた美味しかった。酒は定番の菊正宗。3人でカウンター席で飲んでいると、女将は青いマジックペンでメニューを描いた紙をセロハンテープで貼り合わせている。まるでアートだ。
「魚はその日にならないと何が入るかわからないから、毎日メニューを書いているのよ」という。八丁堀の目立たぬ路地に店を構えて50余年、誠実に店を続けてきたのだ。店に入ったのはまだ日の高い17時だったが、カウンター席でいろいろと話をしているうちに、いつの間にか21時半を回っていた。女将は疲れているのだろう、自らを鼓舞するように時折掛け声をかける。
ひとりで仕入れ、料理、配膳、毎日のメニュー書きまでこなし、この店を守り続けている老齢の女将には、ただただリスペクトしかない。(似内志朗)




