地方再生ではなく、まさに〝地方創生〟というべき熱い街づくりが熊本で始まっている。台湾の大手半導体メーカーTSMCが21年11月に熊本県菊池郡菊陽町への工場建設を発表して以降、関連企業を含めた事務所、従業員向けの住宅、そうした人流増加を見込んでのホテル、賃貸マンション、店舗などの需要が増大し住宅地、商業地、工業地の価格がいずれも上昇を続けている。
ちなみに24年地価公示では菊陽町の商業地(菊陽5-1)が前年比上昇率30.8%、隣接する大津町の商業地(大津5-1)が同33.2%となり、全国商業地の上昇率1位と2位を独占した。
熊本県産業振興局企業立地課半導体立地支援室長の吉仲範恭氏によれば、22年度の企業立地協定件数は半導体関連15件を含む61件と過去最高となり、多様な産業の集積が順調に進んでいる。
一方で県としては企業が立地するための用地確保が大きな課題だと話す。
「農林水産業を基盤とする本県にとっては従来からの農業振興と新産業である工業用地の確保をどうバランスを取って進めるかが最重要課題」(吉仲氏)と指摘する。
そこで県では昨年から新たな都市計画区域マスタープランの見直しを進めており、来年度中の改定を予定している。都市計画課の緒方民夫課長補佐は見直しの方向性について(1)激甚化する自然災害への対応、(2)コンパクトシティーなど持続可能な街づくり、(3)新たな産業集積への対応という3点を挙げた上で、「地下水の保全、農地や自然環境に配慮した土地利用の推進、人口増加に対応する市街地整備、公共交通の拡充が大きな目標」だと話す。
空港アクセス鉄道
公共交通の拡充で最も高い注目度を集めているのがJR豊肥本線「肥後大津駅」と「阿蘇くまもと空港」を結ぶ空港アクセス鉄道の整備計画が動き出していることである。現在、空港にアクセスできる鉄道はなく移動手段は自動車のみだ。現実に運行開始となるのは今から約10年後の見込みだが県はこの空港アクセス鉄道の整備を熊本地震(16年4月)からの〝創造的復興の総仕上げ〟と位置付けており、県を挙げての〝新大空港構想〟として推進している。
単に鉄道を整備するだけでなく、利便性が増す空港周辺地域への企業誘致を加速化し、ライフサイエンス分野における新産業の創出なども見込んでいる。
県の空港アクセス鉄道整備推進課によれば熊本とアジアを結ぶ既存の国際線は4本(韓国仁川、中国香港、台湾の高雄と台北)だが27年度までに11本、51年度までには4倍以上の17本を目標にしているという。まさにアジアのゲートウェイ空港を目指す構想となる。
着実に真剣に
今回は熊本県、地元自治体の菊陽町、大津町などを取材したが、TSMCの進出という、まさに〝黒船来航〟にも慌てず騒がず、半導体関連企業の集積を千載一遇のチャンスと捉え、着実に真剣に街づくりを進めようとしている行政の真摯な姿を見た。また、県の都市計画担当者が区域マスタープランの改定に際し、「まずは菊陽町など地元自治体がどのような街づくりをしたいかを最優先したい」と言った言葉にも感銘した。
空港アクセス鉄道の整備を中心とした〝新大空港構想〟は08年度から提唱されてきたものだが、熊本地震を機に次のステージに向かって新たなスタートを切っている。(1)空港機能の強化(2)産業集積・産業力強化(3)交通ネットワークの構築(4)快適な生活ができる街づくり――が4本柱。それらのすべてが実現するのは10年以上先のことだが、この4つの目標を実現することは〝地方創生の先進地域〟になることだとも記されている。本来、行政の使命は街づくりなど壮大な目標に向け着実に、そして真剣に取り組むことだが、熊本は今、間違いなくその歩みを進めている。