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酒場遺産 ▶102 錦糸町 三四郎 燻し銀の正統派下町酒場

 江戸時代の錦糸町は、江戸と下総国を結ぶ街道沿いに位置し、河川や運河も多く走り、物流の拠点として発展した。昭和の時代には、錦糸町といえば、駅東には東京楽天地、南口正面の京葉道路を渡ればロシアや東南アジアから出稼ぎに来た女性たちが闊歩する繁華街がある「城東有数の歓楽街」であった。風俗街や飲食店街、場外馬券売り場など、その猥雑な街の姿は記憶に新しい。

 しかし、1997年に北口にすみだトリフォニーホール、2006年には複合商業施設オリナス錦糸町、2019年にはパルコが開業した。かつての闇が深さを感じさせた雰囲気は随分と変化し、今や若者にも人気の街となっている。それでも南口には昭和の雰囲気をまとう繁華街が残っており、「三四郎」そうした中に存在している。「菊川 三四郎」と書かれた骨太の看板は、以前から気になっていた。

 訪れた錦糸町「三四郎」は、燻し銀の正統派下町酒場であった。流行の「レトロ風」や急ごしらえの「こだわり」などなく、どこまでも自然体の酒場だ。骨太の内照式看板、藍色の生地に白い文字で「三四郎」と染め抜かれた暖簾。珍しい「Vの字形」カウンターの分厚い白木は牛乳で拭き上げるという。壁にかかる筆文字のメニューの数々からは、「昭和から続く日常」の空気が流れている。今宵頼んだのは、黄桜「黒獅子」の燗酒。これが辛口でなかなかの美味しさだ。鰯の刺身も新鮮だった。

 店の女性に「お薦めは何ですか」と尋ねると、「くりから焼きは終わってしまったので五色芋でしょうか」と言う。色違いの芋5種類かと思ったが、出てきたのは摩り下ろした山芋に烏賊、蛸、鮪、いくら、卵黄が乗ったもの。なるほど五色だ。「醤油をかけてかき混ぜると美味しいですよ」と教えてくれた。

 壁にはずらりとメニューが並び、そば焼酎十割、芋焼酎頑徹黒麹、麦焼酎特撰一番札など、ボトルで3千円前後、グラスで550円である。日本酒は黒獅子が定番で、魯山人特別純米などもそろえる。焼酎ハイボールも人気らしい。くりから焼きの他、いくらおろし、まぐろ納豆、イカ納豆、もつ煮、揚げなす、タコブツ、まぐろブツ、いわし刺しなどが400~700円と手頃だ。美味しく飾らずリーズナブル、しかしどこか筋が通っている。こんな酒場が近くにあったら毎日でも通いたい。(似内志朗)