中野ブロードウェイ近くの繁華街の角地に「路傍」という古い酒場がある。中野北口の繁華街は独特の猥雑さに満ちたエリアだが、その中でも「路傍」は独自だ。昭和36年創業。北海道・小樽から出てきた店主の母親が、新宿東口のタカノフルーツパーラー裏あたりに酒場を開いたものの、土地区画整理事業のため中野に移ってきたという。当時、この界隈には飲食店は少なく、ほとんどが物販店だったという。建物は少し傾いているが、暖簾をくぐり木戸を開けると、燻し銀の空間が現れる。角地にある台形の敷地形状を利用した、囲炉裏とL字カウンターを包み込むようなコンパクトな構成だ。現在は、初老の店主と奥様が切り盛りしている。
カウンター奥には、呉の銘酒「千福」の樽がふたつ、ドンと置かれている。目の前の囲炉裏では、季節の野菜(エリンギ、そら豆、野蒜など)やウルメイワシ、厚揚げなどを炙ってくれる。その他、煮こごり、冷ややっこ、はんぺん、生揚げ、たたみ、ししゃも、とんぶりなども供する。
今夜は、朴葉味噌を肴に千福を熱燗で二合飲んだ。店主は風貌から寡黙な人と思いきや話好きで、いつの間にかカウンターの常連客を巻き込み話が盛り上がる。ほの暗い空間の中央に囲炉裏を取り囲むカウンター、そして温かく包み込む酒場空間。この一風変わった店は、かつて西武百貨店などの仕事をしていた荒建築設計事務所によるものという。赤坂の日本料理屋「ざくろ」などを手掛けた設計者で、確かに店の看板のデザインはよく似ている。雑踏の中の小宇宙。この酒場に来ると、不思議と気持ちが落ち着く。 (似内志朗)




