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酒場遺産 ▶84 浅草橋 酒寮むつみ屋 大正初期、酒好きロシア人ら始まり

 ある金曜の夕刻、日本橋浜町での会議が終わり、ぶらり歩いて浅草橋まで来た。木の格子の引き戸の上には、「浅草橋名代 酒寮むつみ屋」の年季の入った暖簾が掛かる。数年ぶりに訪れたむつみ屋は、何ひとつ変わっていない。暖簾をくぐり、厨房前のカウンター席の左端に座り、サッポロ黒ラベル、シメ鯖、煮こごりを頼む。疲れ切った感じのサラリーマンたちがグダグダ飲んで話しているのをBGMに、ひとりビールを傾ける。こんな感じも悪くない。渋い下町の浅草橋も、最近は若い人に人気で小洒落た新しい店が次々とできている。目の前で料理を作っている店主(塚田東海男さん)から店の由来を聞いた。大正初期に先代が酒屋「睦屋」の一角で立ち飲みを始めると、酒好きのロシア人らが集まってきたのが始まりという。戦後の1949年(昭和24年)、「酒寮むつみ屋」を開いた。「酒寮」という独特の名前は、人の集まる場になって欲しいとの思いで先代が名づけた。浅草橋には老舗酒場が多そうな印象だが、その頃からの店は「むつみ屋」と天婦羅「三定」だけという。鮟鱇鍋で人気だった「ヤマト」も十数年前に閉じた。

 カウンターの下がり壁には黄色い短冊のメニューが下がる。鯵たたき、鰺フライ、イカフライ、名代さくらさし、煮込み、まぐろ納豆、まぐろぬた、タコ刺身、イカ塩辛、クジラベーコン、しめ鯖、小肌酢、ちょい焼きたらこ、厚揚げ、ニラ玉、さば一夜干し、しゃけ西京焼き、椎茸フライ、鶏唐揚げなどが300~600円。麦酒はサッポロ黒ラベル(瓶、樽)。瓶ビール大瓶550円、焼酎(麦、芋)グラスで480円、ボトルで2800円、酎ハイ各種360~460円、ホッピーはセット470円と手頃だ。特別なものは何もないが、ひたすら誠実に、美味しいものを手頃な価格で提供する大衆酒場。筆者がこの酒場に通うようになって20年近く経つが、その変わらなさにいつもホッとする。(似内志朗)