総合

彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇126 二木浩三という人 今、なぜ『ダーク本』 BESSはオアシス業へ

 BESS(ベス)の創業者二木浩三氏はこのほど、『ダークな人ほどクリーンになれる』(ダーク本)という小冊子を発行した。ベスはログハウス国内トップシェアを誇るアールシーコア(85年設立)が展開するブランド名。

 創業時から使っていた旧ブランドのBigfoot(ビッグフット)を08年にBESSに変更したときの同社資料にはこうある。

 「Bigfoot時代から、自然体の本質的で飾らない(Essential)スローライフ(Slowlife)を大事にしてきたが、テクノロジーが発達したこの時代、薪ストーブにしろDIYにしろ、スローライフを楽しむには、それなりの心意気(Spirit)がいるもの。BESSというブランド名には、ずっと変わらない、そんな思いがこめられている」

 ダーク本に二木氏はこう記す。「デジタル文明の発展でマネー経済は異常な程進んでいるが、必ずしも幸福の広がりと連動しているわけではない。むしろ倫理観が廃れていることが目立つ昨今である」。同氏は決算発表など記者会見の席でも必ずと言っていいぐらい、利便性や機能性、合理性に偏重しすぎている現代社会に対するアンチテーゼとしてベスの思想を語る。「自然は、人間を自由で、善良で、幸福に創った。しかし、社会と文明が、人を不自由にし、邪悪にし、不幸に陥れた。自然に帰れ」というJ・J・ルソーの言葉を好み、人間も自然の一部であることを訴える。

 ダーク本の扉にはこうある。「BESSを創って約40年。私なりに確かな言葉と思えたものを抜き出しました」。〝確かな言葉と思えた〟とはなんとも気になる表現だが、それはともかく同書を制作した意図は何か。

感性の時代

 二木氏は言う。「ベスは今、大きな変革期を迎えている。これからは時代の渇き、心の渇きを癒すため、現代人の〝オアシス〟となるべくオアシス業への新たな事業展開を構想している」。そのため、「これまでは独自路線ゆえにどちらかといえば内向きであったが、これからはベスの考え方に共感できる様々な分野の人たちとの交流を積極化していく」と。

 つまりダーク本の意図は筆者が思うに、「これまで以上に幅広い人たちにベスを理解してもらうためには、そのベスを創ってきた二木浩三という人間そのものについても多くの人に理解してもらいたい」ということではないか。その証拠に、扉に続く1ページ目には「直感は正しい。正しい勘を直感という」という二木氏が最も大切にしている言葉を掲載している。これは、アインシュタインの「唯一価値あるものは直感である」という言葉を知る以前から、二木氏が自身の言葉として使っていたもので、感性マーケットを率いる経営者ならではの覚悟が表れる。

 それにしても、タイトルの『ダークな人ほどクリーンになれる』とはどういう意味だろうか。ヒントは親鸞の「善人なほもって往生をとぐ。いはんや悪人をや」という『歎異抄』に出てくる言葉と、二木氏自身の言葉「善網恢恢粗にして漏らさず」にある。後者は老子の「天網恢恢疎にして漏らさず」(天に貼られた網から悪事は決して逃れることができない)をもじったもので、「善の網があれば悪事を捕まえるのではなく、いいことをしっかり捕まえることができる」という意味だ。

 〝善の網〟こそが、倫理観の廃れが目立つ現代をオアシスに変える装置のようなものということか。二木氏の言葉は難解だが、深く知ればシンプルで、ときに優しくもある。「未来から見ると今が一番若い」と言って冒険し続ける人。筆者が勝手に師と仰ぐ所以(ゆえん)である。