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彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇142 感性の時代 〝ライフ ニット デザイン〟 積水ハウスが挑む

 新築戸建て住宅を供給する事業者にとって、ユーザーの住まいに対する感性をどう捉え、どう訴えるかが大きなテーマとなってきた。というのも都会という名のコンクリート・ジャングルに生息する現代人には住まいが唯一のオアシスになろうとしているからだ。オアシスは体と心が癒される場だが、人の心はその感性によって育まれたものだから感性を呼び覚ますことによってのみ癒やされる。

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 積水ハウスは8月24日から10月7日までの予定でユーザー自身が〝自分の感性に気付く場〟とすべく6つのモデル棟を茨城県つくば市みどりの2丁目の分譲地に展示している。

 これは一般的な住宅展示場のように大きな住宅ではなく、全棟普通の生活サイズで同じ間取りの住宅を建て、それぞれに6つの異なるインテリアデザインとエクステリア(庭)を施したもの。同社初の意欲的な試みだ。

 ユーザーは、それらを同時に比較・検討し体感することで自分の感性にマッチした住まいを知ることができる。家族間に感性の違いがあっても色や素材を調整することで家族全員が和むオアシスを実現することができる。むしろ、そのような作業を加えることで住まいへの愛着も生まれてくる。

 同社がインテリア画像6600点を分析し導き出した6つの普遍的感性とは、(1)あたたかみのある暖(だん)、(2)心躍る奏(そう)、(3)しなやかな静(せい)、(4)贅沢な艶(えん)、(5)緊張感のある凛(りん)、(6)さわやかな優(ゆう)。 筆者がこれら6棟を見学しつつ抱いたのは「ようやく我が国のハウスメーカーが機能や性能だけでなく住み手の〝感性〟を重視する時代になった」という感慨だ。

 住宅業界全体を見渡せば有名建築家による機能や性能を無視した〝デザイン住宅〟が流行したこともあったが、そんなのは住まいとしては論外の話。

 機能や性能を高度に追求してきたハウスメーカーが「感性」を第3の柱に据えたことに大きな意義がある。同時に「一戸建て住宅はやはり自然を感じさせる美しい庭があってこそ暮らしを楽しむことができる」という確信も抱いた。さらに「住まいは住み手の感性と一致してこそ趣がある」と語った吉田兼好の『徒然草』(第十段・住まいは人なり)も思い出させてくれた。

心を守る砦

 90年代初頭のバブル崩壊以来、住まいは所有するものから〝暮らしを楽しむ〟場へと変わり始めた。そしてコロナの感染流行で外出が不自由になったときその流れが加速、人々は住まいのあり方について深く考えるようになった。住まいとは何かと――。

 加速するデジタル社会が人間の人間に対する関心を失わせつつある。電車の中でも〝スタバ〟でも周りの人間には無関心で、ひたすらスマホと向き合う人間が増えた。自分と自分の仲間にしか意識を向けないことが〝異常〟ではなくなり、その狭隘(きょうあい)な人間関係が豊かな感性を奪いつつあることにも気づかない。そして砂漠化していく都会と形骸化した人間関係に疲弊する人たちの心を癒すのは唯一、自分の感性で作り上げた住まいだけになろうとしている。

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 しかし、住まいが心を守るだけのとりでであってはならない。心の渇きを癒し他者との関係を見つめ直し明日を生きる気力を取り戻すところでなければならない。積水ハウスの新たな提案「ライフ ニット デザイン」(日々の悦びを編み未来に紡ぐ)はまさにそこに挑むための思想だ。

 心が渇けば人間の感性は薄れ、感性が劣化すれば人間がAIに従属する社会が本当に出現するかもしれない。

 「我が家」を世界一幸せな場所にする――という積水ハウスのグローバルビジョンは、人間関係の希薄化を憂い、豊かな感性に満ちた日本社会の復活を願う人たちの心の叫びのようにも思えてくる。