総合

酒場遺産 ▶71 神戸・三ノ宮 金杯 森井本店 大正7年創業、燻し銀の老舗酒場

 仕事で神戸三ノ宮へ出掛けた夜、先方との懇親会も終わり、一人ふらりと賑わう阪急三ノ宮駅近くの遊歩道を歩く。お洒落な神戸の街とは違った空気が流れるガード下の路地がある。ここに、目当ての金盃「森井本店」がある。店の前の扁額(木製の看板)には右横書きで「森井本店」とある。燻し銀の老舗酒場だ。何人かの酒友が「あそこはホンモノだよ」と薦めてくれた。既に暖簾は仕舞われるところだったが、気持ちよく入れてくれた。引戸を開けて店内に入ると正面の大きな桧板に「芳壌無比 金盃 百万石」とある。1918年(大正7年)創業、戦後1945年に建替えたが、現在の店は1995年阪神・淡路大震災後に再建したという。1階は厨房を囲むカウンター席が中心、2階はグループ客用のテーブル席や座敷が中心だ。創業者が灘の金盃酒造で修行したことから、「金杯」の扁額が贈られたという。

 今回は十分な時間がなく、目の前の厨房に並ぶ大皿から小芋(370円)、樽酒1合を桝でいただいたのみ。メニューを見れば、煮物は小芋の他、玉ひも煮、バイ貝、どてやき、豚の角煮、鯛のあら酒蒸し、お造りは鯖きずし、鯛きずしなどがあり、それも300~800円程度の手頃な値段だ。焼き鳥はねぎみ、つくね、玉ひも、せせり、手羽先など1本200円。

 「玉ひも」とは「鶏の玉子の体内卵とまわりのモツ」らしい。他に、野菜とせせりの炒め、塩焼きそば、焼うどんなどは600~700円。漬物盛り合わせ、分葱の辛子味噌和えなど一品料理も約400円と手ごろだ。ふと壁を見るとモノクロ写真が掛かっていた。戦災直後に建てられたであろう、かつての2階建ての森井本店の前に、店主らが並んでいる。「本鷹・横綱・金盃・大関・富久娘・菊正宗・各種和洋酒、森井本店」と書かれた白い暖簾と、金盃の四斗樽が目に入る。戦災・震災を経た80年の間に何もかもが変わったが、酒場の魂は変わっていないことをモノクロ写真は伝えているようだった。 (似内志朗)