昨年、毎年恒例のセミナー講師の仕事で札幌を訪れた。5月下旬の札幌は湿度も低く快適だ。中島公園では花々が咲き、木々もまだ新緑で眩しい。この仕事は20年以上続けているが、この美しい時期に札幌を訪れることを、いつも楽しみにしている。6時間のレクチャーの後、帰りのフライトまで時間があったので、「すすきの」の横丁「新京極通り」の名店「ふらの」へ寄った。杉玉の下がる店の扉を開けシックで落ち着いた酒場へと入った。創業25年だが老舗の風格だ。もの静かな店主(佐藤さん)と奥さまは、ともに富良野出身という。美しい風景で有名な町だが、冬はとてつもなく寒いという。
まずはサッポロクラシックをいただく。札幌でサッポロビールが美味いのは、気候との相性か、輸送距離のためか。酒は北海道の地酒に絞り、北の勝本醸造(根室)、大法螺本醸造(新篠津)、法螺吹本醸造(中富良野)をいただく。おまかせ料理は「きっぱりと」コース2000円、「ここちよくまんぞくに」コース3000円、「ちょっとぜいたくに」コース4000円があるが、「きっぱり」を選んだ。メニューを見れば、自家製豆腐、お造り(本鮪赤身が絶品)、厚岸産牡蠣酒蒸、葱味噌と、酒呑みには心擽る逸品ばかりだ。
酒も北海道の地酒ばかりではなく、辛丹波、司牡丹、惣花など幅広くそろえ1合500~700円とリーズナブルだ。店主とのトークも楽しい。この25年の間、かつての一軒家酒場の多くは、コンクリートのビルに取り込まれ、昔の姿を残すのはこの新京極通りくらいと言う。
たまたまカウンターに置いてあった平成21年刊「小説新潮」に記された太田和彦氏のエッセイを読んでいると、店主は「太田先生は稀ですが、この店を訪ねて来られます」と言う。そこから様々話が広がった。何故か、気持ちの落ち着く良い酒場だった。(似内志朗)