JR浅草橋駅を降り、正面の江戸通りを左手に少し歩くと、「中華料理 水新菜館」と書かれた渋い2階建ての民家風建物がある。前知識なくともオーラを感じるから不思議だ。1897年(明治30年)の創業から、この町で長きに渡り人々に愛され続けている浅草橋を代表する中華料理店。映画のセットのようなノスタルジックな佇まいである。店の前には、つい足を止めてしまう美味そうなメニューが並ぶ。葱油鶏(蒸し鶏の葱風味)1260円、白切鶏(蒸し鶏の冷製甘酢ソーストマト添え)1260円、水餃(四川風駒誰水餃子)1050円、寿桃(あんまん)570円、鍋杷(お焦げ料理2人分)、炸醤麺肉ミソソバ900円、葱肉冷麺(葱冷しそば)1050円、小籠包(スープ入り肉饅頭)1050円など、料理を連想するだけでよだれが出そうだ。
この店を特別にしているのは、店の成り立ちとオーナー寺田規行氏の存在だろう。氏のホスピタリティーマインドは「下町の中華料理屋」のイメージから遠く、その立ち振る舞いを見ているだけで飽きない。店の歴史をさかのぼれば約130年前、創業者の寺田新次郎がフルーツ(水菓子と呼んだ)を売っていたことから、店に「水新」という名をつけた。2代目の時代には洋食や甘味も出すようになり、関東大震災の起こった1923年(大正12年)に現在の場所に移った。3代目の時には甘味喫茶となったが、4代目の寺田規行氏が店主になってから路線を変更し、猛勉強の末に中華料理店として営業を始めたという。そして、店主のご子息寺田泰行氏はニューオータニで修行を積み、トゥールダルジャンにも勤めた経験もある、名が知られたイケメンのソムリエ。腰を痛めた父を心配して2018年に退職、家業を手伝うとともにワインバー「水新はなれ 紅(ほん)」を、「水新菜館」奥に開く。ここでは水新の中華料理とワインが楽しむことができ、ワイン好きの「聖地」となっているらしい。いやはや、浅草橋は深い。(似内志朗)