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彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇182 人間らしい社会へ 不動産業が主役  地域と住まいを変革

 最近は〝診察〟と言いながらも患者の顔色ひとつ見るわけでなく、パソコンに顔を向けたまま淡々と症状を説明するだけの医者が多い。患者を人間としてトータルに診る〝統合医療〟の考え方から日本はかなり遅れていると言わざるを得ない。

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 ベビーカーに乗せられた赤ん坊や集団散歩の保育園児などは見知らぬ大人とすれ違うとき、そのつぶらな目を輝かせ、興味深々といったまなざしを向けてくる。人間の本能である他者へのみずみずしい感性に満ちている。それにひきかえ大人の〝他者〟への無関心ぶりは今や度を過ぎて社会の荒廃に拍車をかけている。その原因としては情報の選り好みに忙しいこと、人と〝濃い関係〟になることを煩わしく思う、もしくは無意識に避ける傾向が強まっていることなどが考えられる。

コミュニティ

 不動産業こそが、そうした砂漠化しつつある社会に人間らしさを取り戻すことが出来る。なぜなら地域と住まいの変革を担えるのは不動産業だけだからだ。例えば、分譲マンションも賃貸マンションンも近年は地域に溶け込むことを社会課題とし、住民同士はもちろん地域住民とのコミュニティの育成にも力を入れる。

 若者向けのソーシャルアパートメントにはコワーキングスペース、広いリビング、キッチンなどが設けられ、顔を合わせれば自然にあいさつが交わされ、自然に他者への関心も生まれる。分譲マンションも昨今は〝思想ある〟住まいづくりが注目を集める。共働き夫婦が子育てをしやすいキッズルームや保育施設を備えたマンションが増えてきた。また、千葉県の流山市では二つの最寄り駅前に送迎保育ステーションを設置して子育て世帯を支援している。朝はそこに子供を預ければ専用バスが市内の指定保育所へ運んでくれ、帰りはそこで待っていれば保育園から子供が戻ってくる。自治体と民間施設が連携して子育てしやすい街づくりを進めている。こうした斬新な試みが地域に活力を生み、互いの家族をも思いやる人間らしいコミュニティを形成していく。

完全予約制

 人生のライフステージが変わるごとに必要となるのが部屋探し。それを人間的にサポートする誠不動産(東京都渋谷区、鈴木誠社長)は完全予約制である。必ず予約してから来社してもらい、少なくとも1時間以上をかけて、どういう理由で部屋を探しているのか、これからの人生設計をどう描いているのか、部屋について絶対外せない条件は何かなどを詳細に聞き出していく。予算を聞くのは最後の最後だ。

 「予算ありきで条件に限界を設けたら、はなから人生を諦めてしまうようなもの」(鈴木氏)だからだ。「最後まで妥協せずに見つけた部屋は住み手が思い描いた未来そのものだから」とも話す。あたかも、医者が患者と共に未来を切り開こうとしている姿に似ている。生きる勇気やエネルギーをも与えてくれる住まいはまさに〝人生の処方箋〟だ。

マーケットは無限

 リブラン創業者で相談役の鈴木静雄氏は「不動産業が人間に目を向けた産業に変わればマーケットは無限に広がっていく」と話す。少子高齢化や人口減少で住宅需要は先細りしていくというのが一般的見方だが、鈴木氏は「それは住宅需要を量的にしか見ていないからだ」と言う。これからの住まいに求められるのはハード面の豪華さではなく、住み手の生き方や感性にマッチした空間づくりだ。

生きる意欲をもたらすデザイン、子供のアレルギーを治す自然素材、隣人とのコミュニティを育む外構などの質的豊かさである。

 診断は患者を一人の人間としてトータルに診なければ意味がないように、人間にとって住まいとは何かを考える深い思考がなければ、この砂漠化した社会を打破する住まいにはならない。