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酒場遺産 ▶93 高円寺 書店酒場コクテイル 普通の古本屋が酒盛り場に

 今回で3回連続の高円寺の紹介だが、それほどにこの街には個性的な酒場が多い。高円寺駅からセントラルロードを5分ほど歩いた、北中通り商栄会にある「コクテイル」は、知る人ぞ知る書店酒場である。天井まで積み上げられた無数の本、年季の入った分厚い木のカウンター、こだわり抜いた器、トヨトミのレインボーストーブ、裸電球、囲炉裏の自在鉤、福助人形、壁に書かれた小説の一節、知的な風貌の店主夫妻、時折顔を出す猫……、何もかもが「絵」になる、それでいて居心地の良いスペースだ。カウンター席奥に座り、本を読みつつ美味しい料理と酒を楽しんだ。天の戸芳泉純米一合、白子の醤油漬け、ごぼう醤油漬け、カンパチ刺し身。美しい器に盛られた食材も美しく、もちろん美味しい。「本も売っているんですか」と訊けば、「書店が酒場もやっているんです」と言う。

 1997年に国立市で創業し、当初は普通の古本屋だったが、一橋の学生らの酒盛りの場となり、今の形に至ったという。高円寺へ移転した後も町内を転々とし、約15年前に大正時代の古民家を改装した現在の店へ落ち着いた。店の名物は、「読むことと食べることは似て、書くことと料理することも似ている」という店主(狩野さん)が、小説やエッセイに登場する料理を題材にした「文士料理」である。太宰治にちなんだ「太宰サワー ウヰスキイ」、坂口安吾の故郷新潟の料理「鮭の焼き漬」など。原稿用紙に書かれたメニューも魅力だ。ごぼう醤油漬け、かぶ甘酢漬け、大正コロッケ、酒粕炙りなど小皿料理は300~500円。季節によりメニューが変わる。スコッチ、アイリッシュ、ジン、ブランデーなどの洋酒、焼酎は九十九(麦・長崎)、刀 飛焼(芋・鹿児島)、ダバダ火振(栗・高知)、冬の日本酒は豊盃純米(青森)、喜久酔特別純米(静岡)。クオリティーの高い料理や空間に似つかわしくないほど値段は庶民的だ。酒と本が好きな人にはたまらない。(似内志朗)